中小企業の経営者が事業承継について考えるタイミングが訪れたとき、どのように行動に移すのか。また、先ず誰に相談するべきなのか。
スマートフォンが普及しweb上に情報が溢れる昨今、トップシークレットとして扱いたい事案を何処に相談すべきなのか、正しい情報を見極めることは容易ではないでしょう。アナログ世代で会社を築いてきた経営者にとっては尚更です。
今回は経営者自らがM&Aを望み、自身で行動に移した企業のエピソードをご紹介したいと思います。
「自分の会社を買って欲しい」
C社の社長の元へ、S社の社長自ら「検討を重ねたが、親族内や社内では後継者を見つけることが出来なかった。是非御社に当社を買って欲しい」と申し入れがありました。2010年代後半のことです。
C社は空調設備や燃料機器などの販売・施工を行うエンジニアリング企業、S社はC社の下請け企業という関係でした。
そしてC社は弊社のクライアント企業であり、当時からM&Aに対しても実績のある企業でした。ある時C社の社長を別件で訪問した際、S社の社長からM&Aについて相談を受けている、企業の経営者同士では話が進まないので、間にM&A仲介企業である私共に入ってもらいたい、という主旨のご依頼です。
早速私共がS社の社長を訪問したところ、先方は私共よりも前のめりで待ち構えていらっしゃいました。
「あんたみたいなところがあったのか」
そもそも何故S社の社長はC社に自社をM&Aして欲しいと申し入れたのか。
S社の社長は、自社の事業承継について早い段階から検討されていましたが、ご子息は娘様のみであり、土木建築関連業を営むS社としては、業界柄男性経営者の方が相応しいのではないかとお考えでした。社内での後継者探しも考えたそうですが、現実的に難しかったようです。そして譲渡企業を考えた時、社長の頭に浮かんだのは以前から取引のあったC社のことでした。C社は地域で有力な企業であり、社長に対する信頼も厚いことから、C社の傘下に入ることが最善だと考えたそうです。
ところがS社には顧問税理士はいるものの、M&Aに対する事前知識等が無かったようで、社長は弊社のようなM&A仲介企業の存在をご存知なかったそうです。そうしたことから、社長自らC社へ譲渡を直談判する、といった経緯に至っていたのでした。
そこから私共が2社の間に立つ形で、C社との本格的にM&Aについての検討に入りました。議論を重ねるうちに上層部の意見も二極化し、反対する意見が優勢になり、最終的にC社は買収を諦める、という結論が出たのでした。
大変残念がられたS社の社長でしたが、M&Aについてはもう腹を括っていらっしゃったので、早速他に譲受企業候補となるお相手先探しを始めることに同意いただきました。
S社の社長からのオーダーは「子供達の生活が安定し、従業員の雇用が今まで通り守られること」。
S社の経営状況は借り入れ等もなく非常に素晴らしい内容であり、ノンネームシートにて譲受先企業を募ったところ、2社から早い段階で手が挙がりました。いずれの企業も経営状況の良好なS社に対する思い入れが強かったのですが、コロナ情勢などの影響も受け、トップ面談の結果F社がお相手先に決まりました。
土木建設企業であるF社の企業規模は若干S社より大きいものの、ほぼ同格の中小企業でしたが、買収額を全額借入してでもS社を譲受けたい、という熱量の高さでお話はスムーズにすすみました。
当時S社は空調設備部門と不動産部門の両軸で経営されており、M&Aでは不動産部門はそのまま残し、空調設備部門のみを売りに出す形でお考えでした。よって“買い手側に事業を譲渡する”「吸収分割」のスキームで行われました。官報への掲載など、株主に対する告知を経て、約11ヶ月での正式調印に至りました。
S社の社長は会長職に就かれました。引退されても仕事がお好きな性分のため、今でも出社され従業員を労っていらっしゃるそうです。自分が育てた企業はそのままの形で手が離れ、家族や従業員の将来も保証された、正にハッピーリタイヤの形と言えるのではないでしょうか。
いかがでしたか?
M&Aを苦渋の末ご決断されることが多い中、経営者ご自身で早い段階から会社の将来を見極めご決断された事例でした。
M&Aのネットマッチングも活発に行われるようになってきた今、事業承継の手段とてM&Aを考えた時、どういった手段でどの情報を信頼して大切な会社の将来を任せるのか。事業承継のタイムリミットが差し迫る前の段階から、手法やアドバイザー企業のリサーチ・情報収集のアンテナを広げておくことは、ハッピーリタイヤへの道しるべとなるかもしれません。
(インタビュワー:佐藤)