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未だ心を揺さぶられるM&A受託案件
―経営者が抱く情熱のバトンタッチ―

株式会社共栄経営センターはM&A事業の立ち上げから早23年が経とうとしています。これまでに手掛けさせていただいた受託案件は、その一つ一つに異なる背景と経営者の深い想いが詰まっており、感慨深いものがあります。
その中でも、今もなお心残りな案件がございます。この案件が何故ここまで私の心に深く刻まれているのか。
今回はこの案件についてお話させていただきます。


2014年、広島県外でM&Aセミナーを開催した際のことです。セミナー終了後、講師を務めていた私に、一人の経営者様が声をかけてくださいました。「事業承継について考えているので、ぜひ具体的な相談に乗って欲しい」というお話でした。経営者様はすでに固い決意を持たれているご様子で、その場で後日ご訪問の約束をさせていただきました。

後日、その方をご訪問すると、学習塾や幼稚園から高校までを運営するS学園の代表者であることがわかりました。経営者様は「教育」に対する深い情熱を持ち、文教向け営業として高い評価を受けた経験を生かして、学習塾の設立から始まり、幼稚園、小学校、中学校、そして高校へと学園の運営を広げていかれました。特にS小学校は、ハイレベルな教育と個性を伸ばす教育方針で、多くの優秀な生徒を輩出し、その一部は遠く県外から新幹線通学するほどの人気を誇っていました。
経営者様は「全人生、全財産をかけて、より良い教育を提供したい」という熱い情熱を持ち、2歳児から大学入試までを一貫した教育体制で、社会や保護者のニーズを反映させながら公立学校とは一線を画した教育を行っておられました。
また、経営者様は「受けたご恩は直接返すのではなく、また別の方に感謝されることを行うことで、時代を超えて恩の連鎖する社会へと繋がり、より良い世の中になるのではないか」という考えをお持ちでした。この思想は運営される学園にも深く根付いていて、卒業生へ今後の日本社会を託す想いや教育の意義を感じました。
こうした想いで築き上げてこられたS学園グループを経営者様が理事長、ご息女が副理事長として経営を担っていらっしゃるのですが、経営者様は80代を前に後継者について具体的に考え始めたそうです。
ただ、唯一親族で学校運営に携わられているご息女は、「教育は素晴らしい仕事です。子供たちの成長を見ていると幸せな気持ちになります。」一方で、「教育には携わり続けたい気持ちはあるけれど、私は経営者の器ではないです。」と、後継者は辞退されそうです。
他に適任者の目途が立たず、M&Aによる事業承継を検討し、ちょうど開催していた弊社のM&Aセミナーに参加されたとのことでした。セミナーでの内容や私との個別相談を通じ、経営者様は私に対して信頼を寄せてくださり、事業承継を任せたいとお考えになったそうです。

こうして、S学園と私との具体的なやり取りが始まりました。私は、国内トップのM&A成約実績を誇る日本M&Aセンターとの協業により、本案件に取り組むこととなりました。しかし、当時、学校法人の事業承継案件の成約事例はまだなく、本案件は我々にとっても初めてのケースであり、一層の気持ちで臨みました。

2016年秋、正式にS学園より受託を受け、本格的に譲受企業の選定を開始しました。学校法人は公益法人としての性質を持つため、通常の企業間M&Aとは異なり、特殊な形での売買が求められます。本案件では、S学園のグループ会社である制服販売会社を譲渡企業として、譲受企業を探し始めました。
最初は中国地方を中心に、次第に関西、九州へと候補を広げ、特に医学部を持つ大学や、教育、医療福祉関連の民間企業を中心にアプローチを行いました。私自身の母校にも訪問し、ニーズを探り、あらゆる可能性を模索しました。その結果、S学園の卒業生のご子息が経営する上場企業や、県内外の教育機関、介護福祉施設など、いくつかの候補が浮上しました。
しかし、教育機関としての運営実績の不足や、運営規模の相違など、交渉は難航しました。案件が長期化する中で、半年ごとにS学園側の弁護士や地場地方銀行の担当者も同席し、慎重にマッチング会議を重ねました。

しかし、案件の進展が見られないまま、受託から3年が経過した頃、S学園の顧問弁護士より「お相手探しを終了したい」という申し入れがあり、大変残念なことに本案件は不成立という結末を迎えることになってしまったのでした。

この案件を通じて痛感したのは、どれほどの情熱があっても、タイミングや案件の内容によっては成立が難しいという現実です。S学園の経営者様が示された教育への深い想いと、我々を信じて5年以上もお任せいただいたことに対し、成約に至らなかったことは非常に悔しく、無念でなりません。

S学園の経営者様の設立時の深い想いや、教育への飽くことなき熱い情熱、そして我々を信じて5年以上に亘ってお相手探しをお任せいただいたこと。私もS学園の経営者様と出会ったことで、これまでとは異なる視野を広げさせていただき、本案件に対しては他とはまた違った想いを抱いておりました。その分だけ、経営者様に対して言葉にならない申し訳なさと無念な想いが溢れたことを鮮明に記憶しています。
今でも時々S学園のホームページやニュースなどで現在も経営に携わっておられる姿を拝見すると、お元気そうであることに安堵すると同時に、どうにかお力添えの術はなかったのかと悔しさが蘇えります。


いかがでしたか?
経営者様は並々ならぬ想いを自社にお持ちでしょう。私もまた同じでした。
ただ、どれだけ強く事業承継や後継者による存続を願っても、タイミングや内容によっては叶わないケースがあることもまた事実です。自分の子供のような熱い情熱で育て上げた会社のバトンタッチを最高の形で実現することは、経営者にとって最大の責務であると痛感しております。

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